栃木レザーができるまで
 工場見学で感じた本物のものづくり

先日、栃木レザーの工場を見学させていただきました。


栃木レザーといえば、使うほどに味わいが増す高品質なタンニンなめしの革。


その「本物のレザー」がどのようにして生まれるのか、実際の工程を目にすることで、革への見方が大きく変わる体験になりました。


今回は、見学を通して感じたことを交えながら、「栃木レザーができるまで」の工程をお届けしたいと思います。

原皮の選別

工場に入ってまず目に飛び込んできたのは、牛の原皮。

栃木レザーでは、これまでに様々な地域の原皮を試してきたそうですが、最終的にたどり着いたのが北米産の原皮


厚み、繊維の密度、仕上がりの美しさ——どれをとっても理想的だったとのことです。


ここからすでに、栃木レザーの品質へのこだわりが始まっていると実感しました。

原皮の水洗い・水戻し

選別された原皮は、まず巨大な回転ドラムで水洗いされます。


この工程では、保管時に施されていた塩分や汚れ、血や脂などを丁寧に洗い流していきます。


革づくりの基礎を整えるうえで大切な作業なのです。


さらに、ここでは単なる洗浄だけでなく、乾燥していた原皮にたっぷりと水分を含ませる「水戻し」という工程も含まれています。


これは、皮本来のしなやかさや柔軟性を取り戻すために欠かせないステップ。


のちの工程で良いなめしを行うためにも、この前処理が極めて重要になります。

石灰漬けと脱毛

次の工程は、石灰漬けによる脱毛です。


工場の敷地内にずらりと並ぶピット槽には、それぞれ濃度の異なる石灰水が用意されており、原皮はこの中でじっくりと漬け込まれていきます。


石灰に漬けることで皮が膨らみ、余分な脂肪が分解され、繊維が柔らかくほぐれていきます。


さらに、この工程で毛や不要な組織が取り除かれ、革としての土台が整っていきます。

↑脱毛された皮です。

ベジタブルタンニン鞣し

ここからが、いよいよ皮から革」へと生まれ変わる工程タンニン鞣し(なめし)です。


これこそが栃木レザーの代名詞とも言える、自然の力と職人技の結晶ともいえる技法です。


使用されるのは、ミモザの樹皮から抽出された高品質な植物タンニン


工場にはなんと160ものピット槽が並び、原皮は薄いタンニン溶液から濃い溶液へと段階的に漬け込まれていきます。


この方法によって、革の芯まで全体に均一にタンニンが浸透し、しっかりとしたシとしなやかさが生まれるのです。

↑鞣された革です。

見学時に聞いたのですが、このタンニンなめしの工程だけで約1ヶ月もの時間がかかるそうです。


「これだけ手間と時間をかけるのは、他ではなかなかできない」と担当の方が話していたのが印象的でした。


化学薬品を一切使わない環境に優しい製法でありながら、革そのものの強さや風合いをしっかりと引き出す。


この伝統的な技法が、栃木レザーの革に唯一無二の魅力を与えているのだと強く感じました。

加脂

鞣された革は見た目には完成に近づいているように見えますが、実はまだ硬くて加工には向かない状態です。


そこで行われるのが、「加脂(かし)」という工程。


この工程では、特別に調合されたオイルを革に丁寧に浸透させていきます


目的は、革にしなやかさと柔軟性を与え、さらに耐久性や防水性を高めること


つまり、「革としての実用性」を高めるための、とても大切な作業です。

再鞣し・染色

タンニンなめしを終えた革は、この時点でも十分に風合い豊かですが、製品として使いやすい柔らかさや質感に整えるために、さらに「再鞣し(さいなめし)」という工程を経ていきます。


この再鞣しでは、革の用途に合わせてしなやかさやコシの強さなどを調整し、その後、ドラムと呼ばれる大きな回転機を使って染色を行います。

乾燥

タンニンなめしを終えた革は、たっぷりと水分を含んだ状態です。


この革を、約10日間かけて自然乾燥させていくのが次の工程です。


工場内には天井から張り巡らされた特製の竿があり、そこに大きくて重たい革を一枚一枚、等間隔に丁寧に吊るしていきます。


見学中、ずらっと干された革が風に揺れる光景は、なんとも圧巻でした。


そして驚いたのは、乾燥の方法にも職人の細やかな工夫が詰まっていること。


天気や湿度、季節によって、窓の開け方や空気の流し方を微調整しているそうです。

この工程でゆっくりと時間をかけて水分を飛ばすことで、革の内部に余計な負荷をかけず、自然な風合いやしなやかさを保つことができるのだそうです。


まさに“丁寧なものづくり”の精神が感じられるひとときでした。

 塗装

乾燥が終わった革は、染色・艶出しといった一連の仕上げ工程へと進みます。


ここからは、熟練の職人たちの感覚と技術がものを言う、まさに“手仕事の真骨頂”とも言える段階です。


染色は特に難しい作業のひとつで、革の状態や季節、湿度、気温によって色の入り方が微妙に変わるのだそうです。

見学の際に目にしたのが、この写真のような色とりどりの染料が並ぶ作業台。


まるで絵の具を調合する画家のアトリエのようでした。


染料は一色ずつ調整され、革の個性に合わせて絶妙に色を掛け合わせていく。


こうして一枚一枚、革に命が吹き込まれていきます。


無言で作業に向き合う職人さんたちの姿からは、経験に裏打ちされた静かな自信と集中力がにじみ出ていて、その場の空気がピリッと引き締まっているのを感じました。

そして、仕上がった革を一枚一枚手に取ると、それぞれに微妙な風合いや手触りの違いが感じられます。


同じ製法でつくられていても、まったく同じ革はひとつとしてない——そんな“個性”こそが、栃木レザーの魅力だと強く感じました。

栃木レザー完成

すべての工程を終えた革は、ようやく「栃木レザー」として完成します。


私たちの手に届く革製品のひとつひとつが、ここまでにかけられた膨大な時間と手間、そして職人さんたちの深い想いによってつくられていることを、今回の工場見学で初めて実感しました。


最初は「素材」に見えていた牛革が、命の恵みに敬意を払い、自然と人の力を借りながら少しずつ“革”へと姿を変えていく姿には、どこか神聖なものすら感じました。


そして、その完成品を前にしたとき、思わずこみ上げてきたのは、


「この革を大切に使わせていただこう」


という気持ちでした。

栃木レザーの革には、ただの“モノ”ではなく、
時の流れと人の心が詰まっている


そんな革だからこそ、長く使うほどに深い愛着が湧いてくるのだと思います。


今回の工場見学を通して、革を見る目が変わりました。


そしてこれからは、手にする革製品一つひとつを、
より大切に、より丁寧に使っていこうと思います。

他のレザーとの違いって?

時間と手間が生み出す、

唯一無二の革

工場見学を通して強く感じたのは、栃木レザーの革は、単なる「素材」ではなく、手間と時間、そして自然の力が育んだ“作品”のような存在です。


他のレザーとどこが違うのか?それは、細部にまで宿る「こだわり」にあります。

■ 革本来の風合いを生かす

「フルベジタブルタンニンレザー」

栃木レザーで使われているのは、“フルベジタブルタンニンレザー”


これは、「ミモザ」の樹皮から抽出された天然の植物タンニンのみを使って鞣された革のことです。


化学薬品や有害物質を一切使わず、自然の恵みだけで革を仕上げる製法は、環境にも優しく、革そのものの個性が際立ちます。


この製法の大きな特徴は、使うほどに色艶が深まり、経年変化(エイジング)を楽しめること


革の油分がじんわりとにじみ出て、持ち主の手に馴染みながら“あなただけの革”へと育っていきます。

■ 生産性よりも「品質」を

優先した手間のかかる製法

通常、多くの皮革製造では生産効率を高めるために、原皮を引き伸ばして加工を始めます。


しかし、栃木レザーでは革の繊維構造を壊さないため、無理な引き伸ばしは行いません


この丁寧さが、コシのある、長く使える革を生む理由の一つです。


さらに、脱毛工程でも一般的な回転ドラムではなく、5段階の石灰濃度に分けたピット槽で、時間をかけてゆっくり処理


この工程には、通常の5倍以上の時間がかかりますが、皮に余計な負担や傷を与えないという目的のもと、昔ながらの方法を守り続けています。

■ 断面や傷跡にまで現れる

「本物の証」

こうしたこだわりは、革の裁断面にも現れます


繊維が潰れた革では断面がボサボサになりますが、栃木レザーの革は繊維が詰まり、断面まで美しい仕上がり


塗料でごまかすこともなく、牛が生きていたときの傷やシワさえも“味”として残す製法に、革へのリスペクトを感じます。


さらに、染色では「芯通し」と呼ばれる革の芯まで染料を染み込ませる方法を採用。


これにより、表面に傷がついても目立ちにくく、むしろその傷すらも味わいとして経年変化に溶け込んでいくのです。

「クロム鞣し」との違いは?

一般的に市場に多く出回っている革の多くは、「クロム鞣し(なめし)」という方法でつくられています。


この製法は化学薬品(クロム化合物)を使って短時間でなめすため、大量生産に適しており、水や熱にも強く、均一な仕上がりになるというメリットがあります。

大量生産が可能なので価格も安価。


ファッションアイテムや工業製品にも多く使われている、非常に効率的な製法です。


しかしその一方で、革本来の風合いや経年変化を楽しむという点では物足りなさを感じることも。


また、製造過程で使われる化学物質による環境負荷が問題視されることもあります。


それに対して、栃木レザーが採用している「フルベジタブルタンニンなめし」は、植物から抽出された天然のタンニンを使い、数週間かけてじっくりと革をなめす伝統的な製法です。


化学薬品を一切使わないため、環境にも優しく、自然な革の表情や手触りをそのまま活かせるという魅力があります。


さらに、使い込むほどに色艶が深まり、味わいが増していく経年変化(エイジング)が楽しめるのも、この製法ならでは。


世界にひとつしかない、自分だけの革に育っていく過程そのものを楽しめるのは、クロムなめしにはない魅力です。

環境への取り組み

自然と共に生きる、ものづくり

工場見学の中で、担当者の方が特に強調されていたのが「環境への配慮」についてでした。 

担当者の方: 「私たちは川に廃液を流す立場だからこそ、自然を汚さないことに本当に気を使っています」 

 その真剣な眼差しが、とても印象的でした。

 栃木レザーでは、使用する水や排水の処理にも徹底的な管理を行っています。

なめしや染色などで使った水は、そのまま川に流すことはありません。

この処理は7つの工程に分かれており、バクテリアや微生物を用いて、油分や有機物、固形物を分離・分解し、最後は活性炭などを使って透明で清潔な水に戻すという、非常に手間とコストのかかるもの。


ですが、自然と共に生きる革づくりを貫くためには、「見えないところこそ大切にする」という信念があるのだと感じました。


また、化学薬品に頼らない植物タンニンなめしを採用していること自体も、環境へのやさしさを重視した選択。


持続可能な製造方法だからこそ、長く愛される「いい革」が生まれるのだと思います。

浄化された排水。
厳しい基準をクリアして、川に戻されます。

栃木の豊かな環境のために 

僕が感じた、栃木レザーのすごさ

栃木レザーの工場を見学して、一番驚いたのは「革をつくること=自然と共に生きること」なんだという意識の強さでした。


革って、命ある動物から生まれる素材。


そしてその命を“革”として活かすためには、大量の水が必要になります。


でも栃木レザーの人たちは、その水をきれいにして川に返すことを当たり前のように考えている。


「川を汚さないように、すごく気を使ってるんです」


そう話す担当の方の言葉が、今でもずっと心に残っています。


それって、効率よりも、誠実さや自然への敬意を大切にしているってことだと思うんです。


目に見えない部分にこそ手間をかける姿勢に、正直、胸を打たれました。


栃木レザーの革が、ただ「いい革」ってだけじゃなくて、

“人にも自然にもやさしい革”だと感じた瞬間でした。